「かけおちガール」とは?
「かけおちガール」は、講談社の雑誌・ハツキスにて掲載されていた漫画です(巻数全4巻)。女性同士のラブストーリー、いわゆる”百合漫画”に分類されるものですが、百合独特の過剰な清廉潔白または肉欲に素直すぎるような人物は登場せず、普段百合漫画をあまり見ない方にこそ、手にとっていただきたい作品です。
大学院生の牧村ももは、女子校時代に付き合っていた女の子・みどりちゃんを忘れられない。内緒の手紙に同じ色のマニキュア…ずっと続くものだと思っていた関係は、高校卒業の日のみどりちゃんの「どっちが先に彼氏できるか勝負しよっ!」という発言で簡単に終わってしまった。終わった恋に囚われる牧村だが、再会したみどりちゃんは変わらず魅力的で…!?
(引用:講談社 KISS「かけおちガール」/https://kisscomic.com/c/kakeochigirl.html)
あらすじには「どっちが先に彼氏ができるか勝負しよっ!」とのコメントがありますが、女同士のバトルはほぼありません。愛を持ち、愛を与え合いながら自立する女性たちのストーリーです。
episode1
— かけおちガール🌹公式 (@kakeochi_girl) June 14, 2019
主人公のまきちゃんは、女子校時代の小悪魔な恋人・みどりちゃんのことを、卒業してから時間が経ってるのに、全く忘れられません。
そんなある日、まきちゃんはみどりちゃんと再会して‥!物語が動き始めます。 pic.twitter.com/0PH0gNbm95
物語は、大学院生の”もも”がみどりちゃんと再開したところから始まります。再開の喜びもつかぬ間、みどりちゃんには婚約者・たずね君がおり、お腹には彼との子供を宿していました。
中学卒業とともに、一方的にももへ別れを告げたみどりちゃん。それでも、ももはみどりちゃんを忘れられません。みどりちゃんと再開して彼女に惹かれるうちに、ももの胸にはある疑念が生まれます。みどりちゃんは本当に幸せなのだろうか?幸せでないなら、連れ去ってしまいたいのにーー悩むももと、揺らぐみどりちゃんを主軸にストーリーは展開されていきます。
みどりちゃんを考える
本稿では、みどりちゃんを考えていきたいと思います。作中において、みどりちゃんは人懐っこく、よく笑います。
しかし、その笑いも純粋な喜びや楽しみから生まれるものではありません。4話では「困った時に笑っちゃうのはあたしの悪いクセだ」という言葉で締めくくられます。ネガティブな感情が生まれたときや相手の要求に添えないとき、笑顔でごまかすみどりちゃん。要求を否定することで、相手が去ってしまうことを恐れていることの裏返しといえます。
さらに言えば、相手を「ネガティブな言葉で去ってしまうような人間だ」と判断しているわけで、人を信頼できないみどりちゃんの弱さが垣間見えるシーンです。
”ひとりぼっちがきらい”なみどりちゃん
4話は、”あたしひとりぼっちはきらいなの”というみどりちゃんのモノローグから始まります。寂しいのが嫌いだから、人と一緒にいることを選ぶ彼女。しかし、たづね君との生活のなかで、”一人じゃないはずなのに”寂しいことに気づきます。
「ひとりぼっちがきらい」という言葉は、みどりちゃんの恐れるものの発露です。”孤独”や”さみしさ”を恐れるあまり、みどりちゃんは人好きのするコミュニケーションを意識し、笑顔や愛嬌を振りまきます。また、前述の困った時に笑う癖は、自分の困難を感じたとき、相手に対し言葉や感情を伝えることをしてこなかったみどりちゃんのこれまでの人生が伺えます。
みどりちゃんの中学卒業から、ももとの再開までの期間は作中にてあまり触れられませんが、可愛く愛嬌のあるみどりちゃんは、きっと交際相手を切らしたことがありません。一方で、自分の困ったときや悲しいとき、ネガティブな感情を伝えられずにいる状態では、深く信頼関係を結ぶことは困難です。
実際、たずね君との交際当初から”どうせ長く続かないし…”と思っているシーンが差し込まれるなど、みどりちゃんは深い関係性を期待していません。どこか人付き合いに対して諦めの様子が伺え、特定の相手と長く交際された経験もないように思われます。
笑顔でいることは相手に安心感や楽しさなどのポジティブな感情をもたらしやすい一方で、それだけでは信頼関係は生まれにくいもの。共に過ごすなかで避けられない、苦しい、辛い、困った等といったネガティブな感情や出来事とも向き合うことが信頼関係構築における重要な因子です。
人を信じられず失うことを恐れネガティブなコミュニケーションを避けてきたからこそ、孤独を感じる状況に陥るみどりちゃんの悲しみが浮き彫りとなります。
寂しがりやの自立
ある意味こじらせているみどりちゃんは、ももと共に中学生のときに交際した日々を回想し、幸せだったと思いにふけります。いわば現実逃避です。しかし、作中で様々な人に出会うなかで少しずつ変化を見せます。
人を信じること、人に信じられることで得られる強さを実感し、今と向き合う覚悟を育んでいくのです。人を信じる力により強くなり、輝くみどりちゃんの幸せそうな姿を描いて物語の幕は閉じられます。
ばったんさんの凄さ
みどりちゃんとももが再開し、悩み、逃避を経て現実に向き合い、人を信じ、信じられることで得る強さがつまった本作。作者・ばったんさんは、インタビューで以下のように語っています。
「登場人物は、全員自分の中の弱い部分をもとにしてキャラクターをつくりました。自分の中にあるものなので素直に描けますし、共感もして貰いやすいのかなぁと思っています」(ばったんさん)(「わたし」が好きになった女性は「もうすぐ人妻」…衝撃的な2人の関係とは/FRaU)
たしかに、「かけおちガール」に出てくる女の子たちは、人に依存していたり、あざとかったり、虚栄をはったり、ずるずると人に流されたりと、弱さを感じるシーンも多く出てきます。
人の弱さを描くために自分の弱いところと向き合い続けることは、容易いことではありません。ここまで己の弱さに向き合うなんて、思い出したくないエピソードの一つや二つあったろうに…とただ敬服してしまいます。
一方で、誰のなかにでもある弱さを丁寧に描くことで彼女たちの”人間味”が生まれ、物語のなかで彼女たちがみずみずしく弾けるのだと思うと、やはりこの感情表現の細やかさがばったんさんの魅力なのでしょう。この尊さ、とくとご堪能くださいませ!
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